自己紹介

その他

初めまして。しすみです。
こちらの記事では、私の自己紹介をしてみたいと思います。少し長文になりますが、読んでみてください☺

名前:しすみ
性別:
年齢:アラサー
出身地:新潟県
育った場所:神奈川県
好きな動物:カピバラ
好きな食べ物:生かき、ヨーグルト
苦手な食べ物:スイカ、パクチー
好きな季節:春・秋・冬(夏は苦手…)

性格:真面目と言われる事が多いです。

障害特性:ASD(広汎性発達障害)
社会人一年目で、発達障害(ASD)がある事が分かりました。いわゆる、大人の発達障害です。疲労が溜まるとADHD傾向も強く出るタイプです。

ASDで得したこと:好きなことに何時間も没頭できる・視覚優位・ルーティンが好き

ASDで苦手なこと:マルチタスク・3人以上の複数人での会話・耳からのみの情報取得

趣味:散歩・音楽を聴くこと・カラオケ・筋トレ・美術鑑賞・友達や家族とのご飯・お風呂・旅行・花火大会・桜鑑賞・pfcバランスを考えた食事管理・布団の上でゴロゴロすること等。

最近はイラストを描いているので、良かったら覗いてみて下さい~。(X (旧:Twitter)・instagram)

音楽は藤井風平井大が好きで、散歩の途中や、お風呂にゆっくり浸かる時に流して癒されています。藤井風は『何なんw』『ガーデン』、平井大は『題名のない今日』『slow&easy』がお気に入りです。二人の音楽が素晴らしいのはもちろん、人柄の良さと達観した人間性に惹かれています。

風君は20代で若いですが、中身は90歳のおじいさん・仙人では?と思わずにはいられません。23歳で作詞した『帰ろう』を聞くと、本当に20代か!?仏なんじゃないか!?と感じるのですが、、共感してくれる方いませんか?(笑) 『帰ろう』という曲は死生観を問われ、自分が最後を迎える際にどう生きたいか、どんな人間でありたいか強く考えさせられる曲です。(熱弁失礼しました。。。)

また、美術館では気になった展覧会へふらっと行き、一人で鑑賞するのも好きですね。東京の上野美術館へ足を運ぶことが多いです。特に、クリムト・モネ・北斎の絵画がお気に入りで、クリムトの鮮やかな色彩と、官能的な女性達の表情はいつ見てもうっとりします。

人生に影響を与えた本:
①岡本太郎『自分の中に毒を持て』
②グレッグマキューン『エッセンシャル思考』
③葉祥明『LIFE』

好きなアーティスト(クリエイター):
①クリムト
②モネ
③葛飾北斎
④ルノワール
⑤葉祥明さん(絵本作家 )
南夏希さん(イラストレーター)
つなさん(写真家)

好きな映画:
①ハリーポッター
②ラ・ラ・ランド
③おおかみこどもの雨と雪

好きな花
①桜
②スイートピー
③紫陽花

幼少期から現在までについて:

新潟県上越市柿崎区という場所で生まれ、母子家庭として育ちました。兄妹はおらず一人っ子です。その後、すぐに神奈川県へ引っ越しました。母は統合失調症という病気を持っており、一人で育てる事が厳しかったため、2歳から22才まで児童養護施設で暮らしました。

出会う人に「児童養護施設の出身」と話すと、大人になるにつれて「大変だったでしょ?」と声を掛けられたり、少し同情した目で見られたりする事もあるのですが、、

個人的に、幼少期は楽しいことばかりで、良い思い出が沢山詰まっています。

神奈川県三浦郡葉山町という、海が近くにある場所で育ちました。自然豊かでのんびりした雰囲気の葉山が大好きです。

小学生の頃はとても我が強く、よく施設の子とケンカをしていた記憶があります。年上、年下問わずです。女の子同士でも、ケンカが白熱すると殴り合いまでしていました(恐ろしい、、)。

けれどすぐに仲直りをして、和気あいあいと鬼ごっこや隠れんぼをして、楽しく遊んでいた記憶があります。兄妹ではないけれど、兄妹のような人々に囲まれて20人以上の母親達(職員の方々)に愛情を持って育てられました。

また、一日中外で遊ぶ活発な子どもでした。小学生の時は、夕方には校庭でかけっこや一輪車、プールや海などで体がクタクタになるまで遊んだ記憶があります。肌が真っ黒に焼け、ニカっと笑うと私の白い歯が余計目立っていたと、担当の職員は話していました。

一方で、一人で黙々と何かを作ることも好きでした。イラストを描いたり、パウンドケーキ等のお菓子を作っては皆んなで分けて食べている子でした。

施設特有の、みんなでバーベキューをしたり花火大会をしたり。また、色んな方のご好意から、一般家庭で過ごしていたら、恐らく経験出来なかったであろうことを体験する事ができました。

高級なしゃぶしゃぶ屋さんでお腹がはち切れるまで食べたことや、サーカス、ヨットのクルージング、米軍基地の大きなプールで遊ぶなど。ジャズバンドを組み、小学生〜高校生まで各自楽器を担当して、バンド活動を行っていました。(ピアノを担当していました。)もう一度小学生に戻っても良いくらい、楽しかったです笑

中学では陸部(長距離走)で、よく800mや1500mを走っていました。スポーツは好きですが、これまた練習がキツくて、よく心が折れそうになっていました。常に自分との戦いで、夏の暑さにやられながらも必死にトラックを駆けていた日々でした。

80%が辛い練習で、残りの20%が、練習後に夕日の見える景色を見ながら部員で帰宅することが楽しみでした。軽いジョギングをしながら、友人や先輩後輩とたわいも無い話をする時間が至福のひと時でした。(当時は陸上の練習を心から楽しんでいる人がいるのか、とても疑問を感じていました。。きっとドMな人だと思われます笑)

高校ではバレー部に所属していました。中学校にバレー部がなかった為、興味本位で入ったのを覚えています。土日、祝日関係なく部活に励んでいましたが、休みが一日もなかったこと、勉強の時間を確保したいと考えて、2年生の途中で辞めた過去があります。

学業や部活動とは別に、学生の頃、TVで報道されていた「年越し派遣村」で日本の貧困が可視化されたニュースを目にしたことから、貧困問題に強い危機感を感じました。また、なぜ人々が貧困に陥いるのか、その社会構造を知りたいと強く感じるようになります。

その事がきっかけで、大学では家族社会学を専攻し、日本の貧困問題の背景を学びました。特にシングルマザーの貧困の背景(ジェンダーの問題や、日本の雇用構造、家父長制制度、非正規雇用の低賃金問題など)を学びました。

また、大学時代ではインカレサークルに入り、他大学の学生と一緒に環境問題や貧困問題をテーマに調査・発表していました。週3~5のアルバイトと並行して、とても真面目な大学生活を送っていましたね笑(学園祭りの際に発表したり、チラシを作成して配ったり、、)福島第一原発事故による、放射線問題や居住問題なども調べ、福島の方々が常に危険と隣合わせの生活を送っていることが分かりました。

「日本の貧困状況の改善に、少しでも寄与したい」という思いは、その当時から芽生え自分の生きる軸となりました。また、その使命感が今後揺らぐことは多分無いんじゃないかなと〜思っています。

なので、大学卒業後は貧困現場の最前線で行政として支援したいと考え、地方公務員へ就職しました。政令指定都市であれば福祉職として入庁できることから、そのような市に就職しました。

晴れて、願っていた生活保護課に配属されました。人生上手く行きすぎて、これからの生活が楽しみだな〜と思っていた矢先。

入庁して数か月経っても仕事が全く覚えられない状況が続きます。マルチタスクが多く、どこから手をつけて良いのか分からず困惑していました(当時担当していたケースが、90世帯以上でした)。また、生活保護を受けている方の家庭訪問では、私が方向音痴過ぎて予定時刻の30分後に到着したり、日程を間違えるなどミスが多発するようになりました。

また仕事を覚えようと、先輩職員からの教えを必死にメモするのですが、紙に書いても全く耳に入らず20%程しか理解できない状況で非常に苦労しました。教えて貰う業務が全く頭に入らず、まるでザルから水がこぼれ落ちるようでした。なかなか仕事が身に付かなかったです。その原因が分からず、今までに経験したことのない恐怖を感じていました。

当時、同じ課に配属された同期には話を聞いて貰い、精神的にとても助けられました。と同時に、彼女達と比較すると仕事の覚えが遅い自分に嫌気がさし、ひどく落ち込む日々が続きました。

そんな状況を理解して、係長が役所の産業医を紹介して下さり、その後精神科を受診する流れとなりました。自分の幼少期の聞き取りや、発達検査(WAISⅢ)を実施したのです。その結果、発達障害がある事が分かりました。

今まで仕事が出来なかった背景が分かり、ホッとしたことを覚えています。

その後、マルチタスク・臨機応変な対応を求められやすい仕事を続けていくことが困難だったため、紆余曲折あり市役所を辞めることにしました。

その後、重度知的障害のある方の福祉施設やWeb制作会社で勤めました。(その際の働き方について、また機会があれば書きたいと思います〜)

正直、障害がなければ公務員として現在も安定しながら働けたのでは?と、ふと悔やむ事があります(そう思ってしまうことが悲しいのですが…)。試験合格の1年後に、退職しなければならなかった時は人生のドン底でした。これからどうやって生きていこうと、途方に暮れました。

けれど、人生何とかなるものですね。。

今、笑って過ごせる事、こうしてブログを書ける日が待っているとは、当時は全く思えませんでした。

発達障害を抱えながら生きることは、ドラゴンボールで例えると、20kg以上ある亀仙人の亀の甲羅を常に背に乗せて、その重さに耐えながら日々生活をするようなものです。

つまり障害の無い人に比べて、脳の生まれつきの機能障害によって、社会性を強いる世の中で生きていくのがハードモードになってしまいます。(特に適職探しや仕事を継続して働くこと自体が、非常に困難だと感じています。)

そのような行き場のない辛さや、やるせない思いを抱えている発達民は私を含めて多くいるんじゃないかなと思います。

生きづらさを経験している当事者として、ブログを通じて自分の思い(良いことも、悪いことも含めて)や、他の当事者の方に役立つ情報を発信できたら良いな〜と思っています。

また、発達を抱える方々と繋がれると嬉しいです。(そうでない方も嬉しいです)

少しでも、生きやすい社会を作っていくことが目標です☺️こんな私ですが、どうぞ宜しくお願いします。

ではまた〜🌸

コメント

  1. 古川美穂 より:

    ドラゴンボールのたとえには、「なるほどー」と唸ってしまいました。
    手帳取得のメリット・デメリットもすごく参考になります。

タイトルとURLをコピーしました